Library and Information Science

Library and Information Science ISSN: 2435-8495
三田図書館・情報学会 Mita Society for Library and Information Science
〒108‒8345 東京都港区三田2‒15‒45 慶應義塾大学文学部図書館・情報学専攻内 c/o Keio University, 2-15-45 Mita, Minato-ku, Tokyo 108-8345, Japan
http://www.mslis.jp/ E-mail:mita-slis@ml.keio.jp
Library and Information Science 87: 25-46 (2022)
doi:10.46895/lis.87.25

原著論文Original Article

健康医療情報サービスを組織化する病院の市民公開講座における患者図書室の資料展示のエスノメソドロジー的分析Organizing a Health Information Service: An Ethnomethodological Study of a Patient Library’s Exhibition at a Public Lecture in a University Hospital

慶應義塾大学大学院文学研究科図書館・情報学専攻Graduate School of Library and Information Science, Keio University ◇ 〒108–8345 東京都港区三田2–15–45 ◇ 2–15–45 Mita, Minato-ku, Tokyo 108–8345, Japan

受付日:2021年8月28日Received: August 28, 2021
受理日:2022年2月16日Accepted: February 16, 2022
発行日:2022年6月30日Published: June 30, 2022
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目的】本稿は,病院の市民公開講座における患者図書室の資料展示を対象に,展示を組織化する司書の実践をエスノメソドロジー的に分析する。それにより,保健医療システムの転換における患者図書室の健康医療情報サービスの方法を明らかにする。

方法】病院の市民公開講座でフィールドワークを実施し,作成したフィールドノート,ブックリストを含む関連資料,司書に対して行った約90分のインタビュー(展示の目的,展示資料の選択,ブックリストの作成・準備の方法などについて質問した)をもとにエスノメソドロジー的分析を行った。

結果】展示は,展示資料を選択する,ブックリストを作成・準備する,資料を展示するという一連の実践によって組織化されていた。司書は,展示資料を選択することにより,講座の参加者が,複数の資料を組み合わせて読むことで病気を多角的に理解することができるようにしたり,それぞれの実情や用途に合わせて情報を選択したりすることができるようにしていた。また,ブックリストを作成・準備することにより,情報源へのナビゲーションを行い,参加者が効果的に資料を活用できるようにしていた。これらの実践は,司書がサービスを実現するためのキュレーションやナビゲーションの方法になっていた。

Purpose: This research examines the exhibition by a patient library at a public lecture in a university hospital and explicates the methods by which the patient library carries out health information services under a major shift in medical care system. The examination focuses on the practices of health librarians who organized the exhibition and is conducted from an ethnomethodological perspective.

Methods: During the fieldwork conducted in public lectures at the hospital, field notes were taken and materials including book lists were gathered. Approximately 90-minutes interviews were also conducted with the health librarians, who were asked questions about the exhibition’s objectives and the methods by which they select books for exhibition and prepare book lists.

Results: The exhibition was organized through the following sequence of practices: selecting books for exhibition, preparing a book list, and exhibiting selected materials. In selecting books, the librarians enable the lecture participants to understand the diseases of interest from multiple perspectives by reading different books in combination or choose specific books for obtaining information that they need according to their individual conditions or purposes. By preparing book lists, they give directions to participants on how they can effectively make use of exhibited books. These two practices can be regarded as constituting the librarian’s methods of curation and instruction to provide information services.

I. 保健医療システムの転換における健康医療情報サービス

日本では世界に例を見ないほどのスピードで高齢化が進展し,2025年には団塊の世代が75歳以上となることから社会保障費が増大するという問題に加え,人々の生活の質(QOL)の確保の重要性が認識されてきたという背景もあり,2000年代の後半から保健医療システムの構造転換の必要性が議論されてきている1)

厚生労働省が提示した地域包括ケアシステムの構想では,市民が可能な限り住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう,地域の包括的な支援・サービス提供体制の構築がめざされている2)。そのため,地域包括ケアで重要となるのは,本人や家族が在宅生活を選択し,実際にそうした生活を送るための心構えを持つことであるとされる。本人や家族が適切な選択をし,そのための心構えを持ち,実際に生活を送れるようにするために前提となるのは,適切な情報である。その意味で,医療・福祉という側面での情報サービスの重要性は近年ますます高まってきており,健康医療情報へのアクセスを市民に保障することはこれまで以上に重要になってきているといえる3)

こうした前提のもと,日本では,これまで主に公共図書館におけるサービスの文脈で市民への健康医療情報提供の重要性が議論されてきた。池谷による文献レビュー4)では,近年の公共図書館における健康医療情報サービスの背景となる人々の意識の変化,保健医療政策の変遷,その中で図書館が置かれている状況やサービスの動向などが詳細に跡付けられており,公共図書館がいかにして市民の健康医療に関する課題解決に向けて取り組んできたのかがわかる。また,堤は,日本図書館協会が2013年に行ったアンケート調査の結果をもとに,公共図書館における健康医療情報サービスの現状と課題を明らかにしている5)

その一方で,公共図書館でのサービスは,研修の実施や資料提供などのさまざまな側面で,患者図書室などとの連携や協働によって広がってきたことも事実である4)。そうした連携や協働の一つの素地として,市民への健康医療情報提供の必要性を認識し,サービスの可能性をいち早く模索してきたのは,病院の患者図書室である。日本では,1990年代末以降,「患者中心の医療」の考え方の広まりを受け,人々の健康医療情報への関心が高まる中,病院内を中心として健康医療情報サービスが展開されてきた。実際,こうしたサービスのための環境整備は精力的に進められてきており,全国患者図書サービス連絡会によれば,2021年現在,全国で約140の患者図書室が確認されている6)。こうした患者図書室は,これまで,病名告知やカルテの開示,インフォームド・コンセント,セカンド・オピニオンなどの患者の「知る権利」を情報提供によって支援し,保障するための重要な拠点と考えられてきた7)8)。後に検討する従来の患者図書室のサービスに関する研究も,こうした認識を踏襲しているものが多い。

だが,他方で,上述したような近年の保健医療システムの転換を踏まえて患者図書室の役割やサービスを考察しようとした研究は,佐藤が自身の研究背景としてそうした動向に部分的に言及しているもの9)を除いてはほとんど見られない。しかしながら,佐藤の研究が示唆しているように,患者図書室による市民への健康医療情報サービスの広がりをより適切に捉えるためには,「患者中心の医療」の考え方の広まりを背景としたインフォームド・コンセントやセカンド・オピニオンの支援という従来の前提に加え,現在,公共図書館がサービスの前提としつつある,地域包括ケアにおける市民への情報提供という文脈を,患者図書室のサービスについても考慮する必要があると思われる。地域包括ケアの重要な構成要素となるのが,地域のさまざまな社会資源であるとすれば1),地域医療を担う要となる病院という医療機関の一部である患者図書室が,情報提供において,いかにして今日的かつ喫緊の課題に対応するのかということは,学術的に重要な認識であるだけではなく,サービスの提供者自身にとっても広く問題となる実際的な事柄であろう。

本稿では,以上の認識のもと,患者図書室による情報サービスを研究対象とする。すでに述べたように,患者図書室による情報サービスは,これまで日本における健康医療情報サービスの広がりを支える重要な存在となっており,それは今後も市民への情報提供を担う有力な基盤の一つになるものと考えられる。ところが,以下の章で検討するように,患者図書室を対象とした従来の研究においては,サービスが実際にどのようになされているのかということに焦点をあてた経験的な研究はほとんどなされてきていない。

II. 患者図書室の健康医療情報サービスを研究する従来の方法と課題

本章では,本稿の研究課題を明確にするために,患者図書室に関する代表的な先行研究を対象として,それらがどのような健康医療情報サービスを,どのような方法で取り上げているのかという観点から検討を行う。そして,それを踏まえて本稿の研究課題を提示する。

A. サービスの紹介による事例報告・解説

患者図書室の情報サービスに対するアプローチの一つに,主にサービスを担当する図書館員の立場からなされているサービスの紹介をもとにした事例報告や解説がある。代表的なものとして有田らによる患者図書室のサービスに関する現状報告がある10)。この論考では,患者図書室のサービスの目的がインフォームド・コンセントの支援にあることを論じた上で,アンケート調査の結果を踏まえながら,2004年当時の患者図書室の平均像を開設年,形態,提供資料の種類,選書基準,予算やスタッフ,運営方針といった側面から明らかにしている。また,自らが運営に関与する図書室でのサービス経験にもとづき,レファレンスサービスや院内各部署との連携に焦点をあてながら事例を紹介し,利用者の声を交えつつ運営やサービス面での課題を指摘している。

山室は,有田らと同じく,患者図書室のサービスの目的が医学情報の提供によるインフォームド・コンセントの支援にあることを論じている。その上で,具体的なサービス実施館にも触れながら,患者や家族に対する図書提供サービスを,サービスの内容(提供図書の種類),方法,提供者などの観点から分類することを試みている11)

これらのほかに,健康医療の分野でサービスを組み立てる際に必要な知識やノウハウの共有をめざして作成された手引書といえるものもある。その代表ともいえるのが,日本医学図書館協会によって刊行された『やってみよう図書館での医療・健康情報サービス』12)である。この文献では,健康医療情報サービスを展開する前提として,地域包括ケアを意識することの重要性を指摘した上で,選書やレファレンスサービス,蔵書の管理,ブックリストやパスファインダーの作成,特集展示,講演会やイベントの開催などを情報サービスとして取り上げ,それらの作成や実施方法をサービスの事例とともに紹介し,実施にあたっての注意事項についてポイントごとに解説を加えている。

以上をまとめると,これらの研究は,情報サービスとして主に医学書,健康図書,娯楽書の提供がなされていることを指摘し,インターネットによる情報提供のほか,レファレンスサービスや選書など,基礎的な情報サービスを取り上げている。また,手引書では,パスファインダーの作成や特集展示なども取り上げながら,事例報告や解説という方法によってサービスを検討対象としていることがわかる。

B. アンケートやWeb調査による実態調査

患者図書室の情報サービスに対するアプローチのもう一つのものとして挙げられるのが,アンケートやWeb調査による実態調査である。こうした調査は,いくつかの関連団体等によってなされているが,主要な調査には次のようなものがある。まず,患者図書室の動向を網羅的に把握すべく,全国的なアンケート調査を初めて実施した菊池による一連の実態調査がある13)。菊池は,1974年,1984年,1994年,2000年と継続的な調査を行い,サービス担当者や蔵書冊数などの全体的な傾向を明らかにし,サービスのさらなる展開に向けての課題を述べている。

厚生労働省の調査研究グループが2005年に行った調査14)では,インフォームド・コンセントの支援を患者や家族に行うために情報を提供する設備や機能を備えた図書室を「患者図書室」とし,合計59施設を対象に,施設・設備の設置状況,スタッフなどの運営体制,予算,蔵書構成,選書方針の有無,想定する利用者,サービス内容などについてアンケート調査を実施し,全国的な傾向の把握を試みている。調査結果からは,サービス内容については,閲覧をメインに,インターネットによる情報提供やレファレンスサービスなどが行われていたことがわかる。

前田は,菊池による全国的な実態調査を踏まえ,2007年と2013年に網羅的な調査を実施している15)。調査は,2007年に5,604機関,2013年に5,377機関を対象としており,それぞれの年で若干,質問項目の変更はありながらも,院内の患者向け本棚の有無,サービスのためのインターネット端末設置の有無,運営スタッフ,利用対象とサービス,提供図書の種類,蔵書数,予算,相談サービスの状況など合計9項目(2007年は8項目)についてアンケートを用いて質問している。サービスに関する項目からは,利用者として患者や家族以外にも医療系職員や事務系職員もいることから,病院内での読書環境の充実化とその意義が指摘されている。

以上をまとめると,これらの研究は,情報サービスとして主に医学書,健康図書,娯楽書の提供のほか,レファレンスサービスなどがなされていることを指摘し,患者図書室の全国的な動向の把握という目的のもとに,その一環としてサービス内容に関する質問項目を設定している。そして,主に設備や蔵書,サービス内容の概観的な把握という観点からアンケートやWeb調査という方法によってサービスを検討対象としていることがわかる。

C. 訪問調査やインタビューによる患者支援機能の分類

患者図書室の情報サービスに対する上記2つのアプローチとは異なり,患者図書室の多様性を,患者支援機能とその実現方法という観点から整理しようとした研究16)もある。こうした研究は,従来までのアプローチが主に患者図書室という単体の施設内に限定された形でサービスを検討しようとしていたのに対し,患者図書室の役割や機能を,図書室を病院組織の一部署と捉えることにより,病院組織内やそれを取り巻く社会的な状況と結びつけて整理しようとしていることに大きな特徴がある。桂らは,先進的な取り組みを行っていると見られる図書室19館を対象に訪問調査を実施するとともに,運営関係者へのインタビューを実施して分析した結果,患者の知る権利の保障,患者が主体的に治療に参画することの支援,入院患者のQOLに対する補償,退院後の患者のQOLの補償,患者同士の関係づくりの促進,外来患者の病院待ち時間の快適化という患者図書室が担い得る6つの機能とその各々の実現方法を明らかにしている。

まとめると,この研究は,患者図書室の機能を上記の6つに分類し,それらを実現する情報サービスとして医学書,健康図書,娯楽書の提供のほか,講座の開催,巡回サービス,患者間のピアサポートなどがなされていることを明らかにしている。また,患者図書室が持ち得るさまざまな役割や機能が,病院組織内やそれを取り巻く社会的な状況とともに検討されていることから,直接的な言及はないものの,新たな保健医療システムの体制構築という文脈において患者図書室の役割やサービスを考える上で示唆的な研究となっている。

D. 本稿の研究課題

先行研究は,すでに見たように,それぞれの見地から患者図書室の健康医療情報サービスについての一定の研究成果を提示していると見なすことができる。しかし,その一方で,上記のいずれの研究も実際にサービスがなされている場面を対象としたものではなく,サービスの紹介による事例報告・解説,運営体制やサービス実施状況の概観的な把握,患者支援機能の分類といった段階に止まっている。したがって,実際にサービスがどのようになされているのかという学術的な研究は,未だほとんどなされていないのが現状であるといえる。

だが,サービスの提供者にとって,実際に情報サービスとされているものがどのようなものであり,それがいかにして組み立てられているのかを明らかにすることは,市民への健康医療情報提供の重要性がこれまで以上に増している現在,患者図書室のサービスに関する研究蓄積が乏しい現状を鑑みれば,学術的な議論を前進させるための重要な研究課題となるはずである。また,実際の事例に即してサービスをつぶさに理解することは,サービスの提供者が振り返って業務を改善したり,他の館種でのサービスの展開の参考にしたりするための一つの材料を提供する可能性も持つと考えられる。

そこで,本稿では,次章で説明するエスノメソドロジーの方針によりながら,患者図書室が,病院の市民公開講座に合わせて資料展示を行う場面を分析する。調査については後述するが,分析では観察から得たフィールドノートや入手した展示のブックリストなどの関連資料,サービス担当者である司書へのインタビューの結果など,さまざまなデータをもとに記述を提示する。なお,本稿が,数ある情報サービスの中から展示を対象とする意義は,次のように考えられる。

第一に,市民公開講座での資料展示は,後に論じるように,冒頭で説明した地域包括ケアの体制構築が課題となる状況において,対象とした患者図書室が,人々を情報提供によって支援するという目的を果たすために,現時点での一つの解決策として実施しているものと考えられる。つまり,展示は,市民への情報提供を積極的に行い,人々を支援するための契機として,対象とした患者図書室自身にとって重要なサービスになっていると思われる。したがって,展示は,当該の患者図書室がこれまで活動の中心としてきた病院内の図書室でのサービスに止まらず,広く市民への情報提供を行おうとする場面として,サービスの広がりを適切に捉える上で注目に値する。

第二に,そうした重要性を持つにもかかわらず,情報サービスとしての展示は,患者図書室のサービスに言及している従来の先行研究では,一部のサービス実施のための手引書を除いてはほとんど取り上げられていない。また,すでに述べたように,たとえ言及されている場合であっても,事例報告や解説の水準に止まっている。しかし,先述のように,展示は,患者図書室にとって,市民への情報提供を行う上での重要なサービスになっていると考えられる。また,展示は,患者図書室がサービスを提供する際に,利用者に対してどのような情報を,いかにして提示しようとするのかということが事例に即して詳細に分析可能であるという点で,実際のサービスを研究対象とする本稿にとって,取り上げるに相応しい場面といえる。

III. エスノメソドロジーによる情報サービス実践へのアプローチ

本章では,分析に先立ち,本稿が採用するエスノメソドロジーについて,その特徴を説明するとともに,情報サービスを分析的に捉える際の視点を示す。しかしながら,エスノメソドロジーは社会学に由来する学際的研究プログラムであり,ここでその全貌を述べることはできない。そのため,本章では,以下の章で提示する分析を理解するのに必要と思われる内容に限って,図書館情報学の領域においてなされた研究にも触れながら,その基本的な考え方のみを示すことにする。

A. エスノメソドロジーの方針

エスノメソドロジーは,フィールドワークなどによって得たさまざまなデータを幅広く参照した分析により,ある実践の参与者がどのような「人々の方法(論)」を用いてその実践を組織化する(組み立てている)のかを,その詳細な記述により再現することをめざす学際的な研究プログラムである17)–20)。しかし,注意が必要なのは,エスノメソドロジーとは,あくまでも人々がある実践を組織化する際に用いている方法それ自体を指すとともに,そうした方法的な実践の組織化を明らかにする研究分野に与えられた名前であるということである。言い換えれば,エスノメソドロジーは,統計的な分析やグラウンデッド・セオリーなどとは異なり,一般的に理解されている意味での「研究方法(論)」ではない。したがって,エスノメソドロジー的な研究では,具体的な実践を材料にコーディングなどの方法で抽象的な理論を作り上げるというよりは,そうした抽象化(=脱文脈化)により見逃されたり,こぼれ落ちたりしてしまう,状況に埋め込まれた実践そのものを研究対象とし,その組織化とその際に用いられている方法の記述に専念する。

そして,そうすることにより,実践の参与者にとっては自明視され,明示的に言語化されることがないにもかかわらず,問題なく行われている“見られてはいるが気づかれていない(seen-but-unnoticed)”17)「常識的」な実践について,その「リマインダー」(人々が行っていることを今一度想起するもの)としての分析的記述を提示することを研究方針としている。また,エスノメソドロジーでは,あくまでも分析者を含む第三者にとっても理解可能であるという意味で「公的」になされている実践の組織化とその方法が研究対象となるため,ある特定の実践の参与者が用いる方法を記述していたとしても,それは参与者個人がそうした方法を自ら認識しているか否かを,個人の発言や振る舞いをもとに検証するという,主観主義的なものではないという点にも注意が必要である21)

こうした方針にしたがい,エスノメソドロジーは,これまで仕事や組織,趣味や遊びといった多様な場面に埋め込まれた人々の社会的な実践を研究対象として,それぞれの実践の参与者が各々の場面において,どのような方法によって実践を組織化しているのかを記述してきた22)23)。同様の方針にもとづいた研究は,図書館情報学の分野においてもいくつか確認できる。それぞれの研究が,どのような実践を扱い,それがどのような方法を用いて組織化されていたものとして記述されているのか,既存の研究を整理しておこう。

IkeyaとSharrockは,英国のある大規模な大学図書館において,図書の分類作業を担当する図書館員が,図書館で使用されている分類体系を適用し,維持し,更新しようとする実践を扱っている24)。Ikeyaらがフィールドとした大学図書館では,分類体系として,デューイ十進分類法(DDC)13版を基本に独自の変更がなされた「ローカル」版が使用されていたが,分類作業を担当する図書館員にとって問題となるのは,図書館が公開する知識のストックを継続性と一貫性をもって利用者に提供するために分類表を適切に管理することである。そのため,たとえば,同じ内容の資料が2つの箇所に分類されている場合などのように,図書館員が知識のストックを継続性と一貫性を担保した形で整理することができないと見なした場合には,分類担当者は作業時間などの事情も考慮しながら,分類表を修正するという実践を行うことになる。彼女らの研究では,その際の方法として,図書館員が,分類項目を統合する,分類の細目を作る,一部に新たな分類体系を導入する,図書の配架により分類表とは異なる順番を導入するという4つの方法を用いていたことが明らかにされている。

WatsonとCarlinは,英国のある大学図書館において分類作業を担当する図書館員が,図書館で使用されている分類体系(こちらもDDCの「ローカル」版)を用いて,いかに知識のストックを管理しようとするのかという実践を研究している25)。彼らの研究では,継続性と一貫性をもって知識のストックを管理するために,分類担当の図書館員が,あらかじめ整備されている分類表や分類規則などのマニュアルを参照するだけではなく,すでに分類されている図書との関係を考慮する,どのような利用者によってリクエストがなされたのかを調べる,分類作業を担当している他の同僚の図書館員にアドバイスや意見を求めるなどのさまざまな方法を用いることによって,新たに受け入れた図書を分類しようとしていたことが明らかにされている。

Zemelは,バーチャル・レファレンスサービスの実践において,レファレンス担当の図書館員が,オンラインチャットでの利用者とのやりとりを通じて,どのように情報ニーズを定式化し,適切な情報を提供しようとするのかを,実際のバーチャル・レファレンスのログをもとに分析している26)。彼の研究では,オンラインチャットという限定的なやりとりの中で,図書館員が,利用者が上手く表現できない情報ニーズを明確に定式化する手助けをしたり,直接的には求められていない情報も追加して提供したりするなどの方法を状況に応じて用いることによってレファレンスサービスを行っていたことが記述されている。

Crabtreeらは,利用者がどのように図書館で情報探索を実践しようとするのかという問題を中心に,具体的な場面の分析を提示している。そして,それにより,図書館における情報サービス設計の可能性を探る試みを行っている27)。彼らの研究では,利用者がOPACのほかにも冊子体の目録や索引,書架見出しなどといった情報探索のためにあらかじめ構造化されているさまざまな資源も利用しながら情報探索を行う方法が記述されており,具体的な場面の分析にもとづく情報システム設計の可能性や意義が論じられている。

以上のように,エスノメソドロジーは,実際に人々が行う実践を,それぞれの場面に埋め込まれた具体的な実践そのものに即して記述することで,それがどのような方法によって組織化されているのかを詳細に明らかにする研究である。つまり,エスノメソドロジー的な研究は,実践の脱文脈化による抽象的な理論の構築という方針では困難な,状況に埋め込まれた「常識的」な(しかし,それらの多くは実践の参与者によっては自明視された形でなされている)実践の「リマインダー」としての記述を成果として提示することができる。したがって,実際の情報サービスを分析対象とする場合,エスノメソドロジーは有効なアプローチになると考えられる。次節では,これを踏まえ,本稿が情報サービスを分析的に捉える際の視点をさらに具体的に示す。

B. 実践的構成物としての情報サービス

池谷は,公共図書館におけるビジネス支援サービスを例に,エスノメソドロジー的に情報サービスを研究する際の一つの視点として,「実践的構成物としての情報サービス」という考え方を打ち出している28)。これは,エスノメソドロジーの研究方針を論じた際に触れたように,サービスを抽象的な理論によってではなく,あくまでもそれぞれの場面に埋め込まれた実践の水準において捉えることで,サービスに通底する実際の論理を,サービスを組み立てる方法とともに具体的に提示する研究方針である。

この方針にしたがえば,第一に,サービスが実際にどのようになされているのかを具体的に記述することができる。しかし,それだけではなく,第二に,サービスの提供者は,人々と情報や知識とをつなぐという目的を果たすために,サービスを次のような論理にもとづいて組み立てようとしていることが理解できるようになる。

サービスの提供者は,あるサービスを自分たちの組織における現時点での一つの解決策として提供しようとする。池谷によるビジネス支援サービスの例に即していえば,公共図書館がビジネス支援サービスを展開しようとする場合,図書館員はそれらのサービスを,変化する社会的な状況において,公共図書館がビジネスに関する情報提供を行うために現時点で可能なものとして提供するということである。池谷は,さらに,そうしたサービスを実現するために図書館員が用いる,知識の所在を見つけ,収集し,管理する,知識をキュレーションする,利用者をナビゲーションするという3つのサービスの組織化の方法を明らかにしている。つまり,図書館員は,ビジネス支援サービスを行うにあたって,ビジネスに関する資料を見つけ,さまざまな関係機関と連携しながらそれらを収集,管理するとともに,ビジネス情報に特化したコーナーを作ったり,講演会や講座,展示を実施したりする(知識のキュレーション)などして利用者の要求に応えることができるようサービスを構成する。また,利用者向けに情報源へのナビゲーションとなる仕掛けを用意し,利用者がサービスを効果的に活用できるようサービスを組織化する。

以上は,池谷が公共図書館のビジネス支援サービスを例に,実践の水準においてサービスを分析した結果明らかとなった,サービスの提供者にとっては「常識的」なものとして,自明視された形で前提となっている論理とサービスの組織化の方法である。換言すれば,これらはビジネス支援サービスの提供者が,サービスを組織化する際に自明視している事柄を,池谷が分析的に記述することで初めて明らかとなった知見であり,その意味で「リマインダー」として位置づけられるといえる。池谷は,公共図書館のビジネス支援サービスを例としているが,分析で明らかにされた上記のような論理とサービスの組織化の方法は,それが利用者へのサービスを行う上で,サービスの提供者が「常識的」に前提とする事柄を普遍的に捉えていると考えられる点で,他の多くの情報サービスを研究する際にも参照できる広い射程を持っているといえる。したがって,サービスを実践に即して分析的に捉えようとする際には,こうした視点の有効性が高いと考えられる。

次章以降では,ここまでに説明した考え方をもとに,研究対象の概要と調査について述べた上で,資料展示という実際の情報サービスの分析を提示する。

IV. 研究対象とした患者図書室の概要と調査

A. 患者図書室の内部でのサービス

本稿の研究対象は,ある都市部の大学病院内で実施されていた病院の市民公開講座に伴う資料展示である。この資料展示は,患者図書室が行っていた。この患者図書室は,大学の医学図書館に所属する司書3名を中心に,開室時間中は司書1名とボランティア1名の2名がペアとなり,午前と午後でペアを交代する形で常駐し,運営していた。図書室は,患者や家族を含む地域の市民が利用することができ,利用者は,1日に10から30名,平均で15, 6名程度であり,午前中は外来患者,午後は入院患者がそれぞれ中心となっていた。この図書室のサービスには,大きく分けて,図書室の内部でのサービスと図書室の外部でのサービスがあった29)

まず,図書室の内部でのサービスでは,司書がレファレンスサービスを行っていたのに加え,資料の提供として,①患者や家族などの市民を対象とした一般向けの健康医療図書,②医学生や看護学生向けの教科書,③医師を対象とした医学専門書などの大きく3種類の資料を用意し,約1,200冊の図書を提供することで,それぞれの患者や家族のニーズに合った情報の提供をめざしていた。資料は,『米国国立医学図書館分類法』30)にしたがって配架されており,利用者が自らの関心対象となる病気に応じて容易に資料にアクセスすることができるようになっていた31)

また,この患者図書室では,患者にとっての癒しの空間を提供することも目的の一つとなっていた。こうした目的は,多くの患者図書室に共通しているとされる16)が,これは,病院においては,医療業務の必要上スペースを有効活用することが優先事項となっており,患者や家族が落ち着いて治療中の病気や予後の生活のことを考えるための場所がそれほどないということに由来していた。司書,ボランティアらは,患者や家族が病気を受け入れ,治療に励むことができる環境づくりのために,病院内とは異なる様々な内装や什器の配置に関する工夫をしていた31)

B. 病院の市民公開講座における資料展示

他方で,図書室の外部でのサービスには,本稿が研究対象とする病院の市民公開講座での資料展示があった。これは,後に述べるように,図書室の内部に止まらない形でなされている情報サービスになっていた。市民公開講座は,広く地域の一般市民を対象に,病院のさまざまな診療科が,医学的な知見にもとづいた病気や治療に関する最新情報や療養生活に役立つ知識を提供することを目的として,年に10回ほど開催しており,参加者は毎回100名程度であった。講座のテーマは,以下に示すように,調査対象とした2019年から2020年までの約1年間のものだけで見ても,モチベーションの上げ方,糖尿病,膝の痛み,関節リウマチを含む膠原病,身体に良い食事,認知症,脳卒中と救急要請,肝臓がん,漢方を用いた東洋医学など幅広い。講座を担当する診療科とそのスタッフも心療内科,糖尿病センター・栄養部,整形外科,膠原病科,消化器内科,東洋医学科の医療従事者のほかに,認知症や脳卒中リハビリテーションの認定看護師など多彩である。講座では,テーマによって若干の違いはあるものの,概ね毎回,講座を担当する診療科の医師を中心に,看護師や管理栄養士,臨床検査技師などの医療従事者も含めて3名ほどが各々の観点からテーマについてそれぞれ20分ほど講義を行い,終了後には参加者との質疑応答がなされていた。

患者図書室は,以上の要領で開催されていた市民公開講座に合わせて,毎回,資料展示を組織化していた。資料が展示されている場所は,講座の会場となる院内の大講堂の入り口付近であり,来場者の目につきやすい場所でなされていた。展示の際には,患者図書室で業務にあたる司書1名が,講座の開始前に事前に選択した資料を,作成したブックリストとともに展示していた。講座開始後は,展示場所の付近に待機して参加者が資料を閲覧しにきた際の対応にあたっていた。

C. フィールドワーク

本稿の調査は,患者図書室によってなされている情報サービスをエスノメソドロジーの方針にしたがって理解するという目的のもと,2019年から2020年までの約1年間,上記の大学病院でのフィールドワークを通じてなされた。調査期間中には,可能な場合にはフィールドノートを作成した。また,その一部として,本稿が対象とする市民公開講座に参加して実際の展示場面を観察した。観察を実施した場合には,概ね講座の開始から終了まで調査を行い,フィールドノートを作成したほか,展示で使用されていたブックリストなどの関連資料を入手した。なお,調査対象とした患者図書室のサービスに関する本章A, B節を含む記述は,その際に作成したフィールドノートに依拠したものである。それに加え,今回,主要なデータの一つとするのは,フィールドワークの中で入手したブックリストであり,どのような方法で資料展示が情報サービスとして組織化されているのかを,ブックリストに書かれているテクストやリストの構成に焦点をあてて分析した。

さらに,以上の分析を深めるとともに,リストに掲載されていた資料(展示資料)の選択についても分析するため,サービス担当者である司書へのインタビューを実施した。インタビューは,通常業務の進行を妨げないことを基本とし,図書室での業務の合間を縫って,合計で90分をめどに各回の講座での展示の目的,展示資料の選択,ブックリストの作成・準備の方法などについて,入手したブックリストを提示しながら質問し,聞き取った内容をもとにフィールドノートの作成の一環として,その場でインタビューメモを作成した(本研究では,後述のように,調査に際して倫理的配慮を行っているものの,主な調査実施場所が,実際の業務がなされている図書室であり,利用者が居合わせている等の制約から,インタビューの録音は原則許可されておらず,したがってインタビュー内容の記録も上記のメモを除いてはほとんど作成していない)。

そうした条件下ではあるものの,エスノメソドロジーでは多様なデータをもとに分析を行うことが可能である20)ため,今回の研究では,調査から得た利用可能なデータ(フィールドノート,入手したブックリスト,フィールドノートの一環として作成したインタビューメモなど)の性質も考慮し,先に導入した「実践的構成物としての情報サービス」という考え方を踏まえながら,会議資料や予算表といった実際の経営業務で使用されていたドキュメントの分析をもとに展開されたエスノメソドロジー研究32)などを参考に,実践の記述を行う。それにより,展示がどのようになされているのかを詳細に明らかにし,その組織化を再現するための記述を提示する。なお,エスノメソドロジーには,いくつかの記述の提示の仕方がある20)が,本稿では,ある程度のフィールドワークを行っていることもあり,エスノグラフィックな記述の仕方を採っている。また,分析内容は,担当の司書に確認を行うことで,記述の妥当性を高めるよう努めた。

本稿は,調査の実施にあたり,次のような事前の対応を取っている。著者は,「患者図書室についての図書館情報学にもとづく研究」を行う調査者として,調査期間中に有効な入館証の発行を受けること,病院内に滞在する際には個人情報の保護等の研究倫理を遵守することなどを誓約し,調査協力先である大学病院院長,医学図書館司書次長ならびに患者図書室運営委員会から調査協力の承認を得た。その上で,著者の所属研究機関である慶應義塾大学における研究倫理審査を経て,調査研究実施の認可を得た。

V. 展示資料を選択する

展示は,展示資料を選択する,ブックリストを作成・準備する,資料を会場で展示するという一連の実践によってなされていた29)。以下に提示する分析は,調査から得られたいくつかの事例を横断的に見た結果,展示がなされる際の実践の典型的なパターンがわかること,そのパターンに一貫性があることなどを考慮し,「肝臓がん」をテーマとした講座における展示を事例として,主に展示資料を選択する実践とブックリストを作成・準備する実践に焦点をあてて行う。講座で展示されていた6冊の資料を第1表に示す。

第1表 「肝臓がん」をテーマとした講座での展示資料
書名著者・編者出版社出版年
文献番号1『肝臓病:ウイルス性肝炎・肝臓がん・肝脂肪・肝硬変』泉並木主婦の友2019
2『肝炎・肝硬変・肝がん』土本寛二監修高橋書店2018
3『おかずレパートリー脂肪肝・非アルコール性脂肪肝炎・アルコール性肝炎:70レシピ』加藤眞三ほか女子栄養大学出版部2018
4『C型肝炎・B型肝炎・脂肪肝・肝硬変・肝がん:治療が大きく変わった!』泉並木総監修NHK出版2016
5『脂肪肝・NASH・アルコール性肝炎の安心ごはん:肝臓の数値が異常と言われたら』加藤眞三ほか女子栄養大学出版部2015
6『NAFLD/NASH診療ガイドライン』日本消化器病学会南江堂2014

展示資料は,後述する,資料を紹介するための配布用のブックリストとともに展示される。ブックリストには,患者図書室の利用案内などの情報も記載されるため,司書は,最終的に通常6冊程度まで資料を絞り込んでいた。本章では,特に,司書が展示に向けて蔵書から展示資料を選択する実践に焦点をあてた分析により,第1表に示した展示資料を司書がどのように選択していたのかを,実際の資料選択の過程に即して記述する。

A. 講座の概要を把握して資料を検索する

展示資料の選択は,講座のテーマに合わせて行うこととなる。そのため,司書は,病院の事務部門が事前に作成してHPで公開する告知や事前に送られてくる概要を読むことで,講座がどのような病気を主題としており,そこで講演者が何を,どのような意図で話題として取り上げようとするのか情報を得る。司書は,そうして得た情報をもとに,資料を検索するためのキーワードを用意していた。キーワードは,多くの場合,告知や概要から直接引き出していた。「肝臓がん」をテーマとした講座であれば,告知や概要から,講座のテーマとして,「肝臓がん」の原因,予防,早期発見,治療に焦点が置かれるであろうこと,また,参加者の目を引く内容として,「肝臓病」に関して近年その大きな原因になっているとされる「非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)」が一つのトピックになるであろうことを読み取り,「肝臓がん」,「肝炎」,「肝硬変」,「非アルコール性脂肪性肝疾患」,「NAFLD」の5つをキーワードとしていた。もしも告知や概要から十分な情報が得られない場合には,患者図書室でのサービス経験や医学図書館員として持つ病気に関する知識などを参考にキーワードを用意したり,追加したりする場合もあった。

資料を検索する際,司書は大学のOPACを使用しており,上記のキーワードを用いて図書室の蔵書検索を実行し,展示候補資料の選定に向けて資料を集めていた。「肝臓がん」の事例では,上記5つのキーワードで検索を行い,それぞれ2件,9件,6件,1件,1件と合計19件の検索結果を得ていた。このほかに,必要に応じて大学の医学図書館に所蔵されている資料の検索を行う場合もあった。

B. 検索結果から展示候補資料を選定する

司書は,この検索結果から重複も含め「ノイズ」となるものを外すことによって展示候補となる資料を選定する。この段階で,検索結果の19件から10件に絞り込まれた展示候補資料を第2表に示す。

第2表 検索結果から選定された展示候補資料1
書名著者・編者出版社出版年
文献番号1*『肝臓病:ウイルス性肝炎・肝臓がん・肝脂肪・肝硬変』泉並木主婦の友2019
2*『肝炎・肝硬変・肝がん』土本寛二監修高橋書店2018
3*『おかずレパートリー脂肪肝・非アルコール性脂肪肝炎・アルコール性肝炎:70レシピ』加藤眞三ほか女子栄養大学出版部2018
4『おかずレパートリー慢性肝炎・肝硬変:64レシピ』加藤眞三ほか女子栄養大学出版部2018
5『肝炎のすべてがわかる本:C型肝炎・B型肝炎・NASHの最新治療』泉並木講談社2017
6*『C型肝炎・B型肝炎・脂肪肝・肝硬変・肝がん:治療が大きく変わった!』泉並木総監修NHK出版2016
7*『脂肪肝・NASH・アルコール性肝炎の安心ごはん:肝臓の数値が異常と言われたら』加藤眞三ほか女子栄養大学出版部2015
8『肝硬変診療ガイドライン』日本消化器病学会南江堂2015
9『患者さんと家族のための肝硬変ガイドブック』日本消化器病学会南江堂2011
10*『NAFLD/NASH診療ガイドライン』日本消化器病学会南江堂2014
1*は,最終的に展示資料として決定されたものを示す。

資料の選定の際に司書が主に実現しようとしていたのは,講座テーマとの「一致性」,「新規性」,「信頼性」という3つの基準であった。これらは,司書が資料をどのような基準で選定しようとしているのかを,ブックリストを提示しながら行ったインタビューでの聞き取りをもとに分析した結果として明らかとなったものである。

「一致性」は,講座のテーマに沿った資料を選定することで,テーマに即した情報の参加者への提供が可能になるという点で司書にとって重要な基準となっていた。実際に,司書は,たとえば,「肝炎」というキーワードを用いて検索を実行し,資料を選定した際に,文献番号2の資料については,書名から見てテーマに即しており,予想されるテーマをカバーできる情報を持った資料であると判断していた。その一方で,検索されたうちの1冊である『患者さん・ご家族のための自己免疫性肝炎(AIH)ガイドブック』という資料については,「自己免疫性肝炎」自体に焦点があるため,候補から外すという判断を行っていた(したがって,この資料は,第2表には含まれていない)。

「新規性」は,最新の情報が記載された資料を選定することで,医学的に最も新しい情報の参加者への提供が可能になるという点で司書がめざす重要な基準となっていた。この図書室の蔵書の入れ替えの基準は,多くの健康医療情報資料のベースになっているといわれる「診療ガイドライン」の大体の改訂頻度とされる5年以内となっており,選定された資料もその基準に沿って最新の情報であるか否かが判断されていた。実際に,第2表に示した資料は,いずれも出版年が概ね2015年から2020年までのものであり,資料の選定がそうした基準に則ってなされていることがわかる。ただし,こうした基準に当てはまらない場合でも,参加者にとって有用であると司書が判断した資料についてはその限りではなかった。

「信頼性」は,記載内容が信頼できる資料を選定することで,参加者が安心して利用し,参照することができる情報の提供が可能になるという点で司書にとって重要な基準となっていた。こうした基準に関する判断は,主に資料の著者・編者の所属や実績,資料を刊行している出版社の情報などにもとづいてなされていた。ただし,この図書室では,蔵書構築のための選書の段階で運営委員会において認可されたもののみを蔵書としていたことから,この基準はすでに満たされていると見なされており,ここではあくまでも情報の確認が目的となっていた。

C. 展示候補資料から展示資料を決定する

最終的な展示資料は,上記のような3つの基準から見て妥当ではない資料や重複を「ノイズ」として外したもの(「肝臓がん」の場合,第2表に示した10冊)から,司書が現物を確認し,資料のタイプと配分を参加者の類型を想定して考慮しながら,よりテーマに即した,新規性や信頼性のある資料を選び出すことにより決定される。実際に候補から選出されていた最終的な展示資料は,第2表中に記号(*)を用いて示してある。これらは,第1表に示した資料と一致する。

資料のタイプと配分を考慮するというのは,展示資料を決定する際,司書は想定される参加者の類型を念頭に置いて内容や難易度といった観点から展示資料をタイプ分けし,冊数の配分を行っているということを意味している。司書は,最終的な展示資料を「一般的」,「個別的」,「専門的」という3つのタイプに分けて選び出しながら,それぞれのタイプの資料の配分を行っていた。

「一般的」な資料とは,司書の視点では,参加者にとって記載されている情報量や文字の大きさ,専門性,言葉の使い方などから見て手に取りやすく,病気について概要となる基礎的な情報をある程度包括的に説明している資料である。「肝臓がん」の講座の主な参加者には,肝臓がん予備軍の人,肝臓がん患者,肝臓がん患者の家族などが想定される。そのため,こうした基礎的な情報を記載した資料の提供は重要なものとなる。そして,司書は,こうしたタイプの資料を1冊ではなく,2冊以上選出することで,同じタイプの資料でもいくつかのものを読み比べて病気について多角的に理解したり,参加者がそれぞれの実情や用途に合わせて情報を選択したりすることができるようにしていた。第2表に示したもののうち,文献番号1, 2, 6の3冊がこのタイプに該当する。ここで,選出されなかった資料を見てみると,文献番号5および9の2冊があるが,前者は講座のテーマのうち「肝炎」しか扱っていないために,後者は発行年が2011年と刊行から時間が経過しているためにそれぞれ最終的には除外されており,司書が上述した一致性と新規性の基準を満たそうとしていることがわかる。

「個別的」な資料とは,司書の視点では,参加者にとって必要と考えられる食事や治療法など,ある特定の内容に特化した情報を記載している資料である。前述のように,「肝臓がん」の講座の主な参加者には,肝臓がん予備軍の人,肝臓がん患者,肝臓がん患者の家族などが想定される。そのため,こうした治療や療養に関わるトピックを深掘りした情報を記載した資料の提供は重要なものとなる。「一般的」な資料と同様に,このタイプの資料も,司書は,2冊以上を選出することで,同じタイプの資料でもいくつかのものを読み比べて病気について多角的に理解したり,参加者がそれぞれの実情や用途に合わせて情報を選択したりすることができるようにしていた。第2表に示したもののうち,文献番号3と7の2冊がこのタイプに該当する。選出されなかった資料を見てみると,文献番号4があるが,この資料には講座での注目すべきトピックの一つになると予想される「非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)」に関する情報の記載がないため最終的には除外されていた。この点からもまた,司書が上述した一致性の基準を満たそうとしていることがわかる。

「専門的」な資料とは,司書の視点では,参加者にとって必ずしも容易な内容ではないものの,それを同時に展示することで,展示されている他の資料が信頼性あるものであることを示唆するとともに,発展的な内容の情報にも触れたいという要求にも応え得る情報が記載された資料である。このタイプの資料は,他のタイプの資料に比べるとそれほど利用されることが多くないことから,1冊のみの展示となることがほとんどであった。選出されなかった資料を見てみると,文献番号8があるが,最終的に選出されたガイドライン(文献番号10)の方が講座のテーマに近いことからこちらは除外されていた。このように,上述した一致性と信頼性の基準に司書が志向していることがうかがえる。

こうして選択された資料は,講座の開催日に,会場の大講堂の入り口付近にタイプごとにまとめて展示されていた。しかしながら,講座のテーマによっては,図書室の蔵書との関係で,必ずしもこの事例のように適切なバランスで資料を取り揃えることができない場合もある。その場合には,司書は,テーマから大きく逸脱しない資料を代わりとなる資料として展示することで対応していた。また,この事例では見られなかったが,一致性や新規性を満たす一環で,テーマに関する雑誌などを展示に追加して情報提供を行う場面もあった。

以上に記述したように,司書は,展示する資料のタイプ分けやそれにしたがった配分をすることにより,参加者が複数の資料を組み合わせて読むことで病気を多角的に理解することができるようにしたり,参加者がそれぞれの実情や用途に合わせて情報を選択したりすることができるようにしていた。ここには,患者図書室が,患者や家族などの市民に健康医療情報を提供するというサービスへの志向性が現れており,したがって,展示資料を選択することは,そのための一つの方法になっていることがわかる。

VI. ブックリストを作成・準備する

本章では,前章に続き,展示を組織化するための司書の実践を分析する。本章で分析するのは,司書が展示資料を紹介するためにブックリストを作成・準備する実践である。司書が展示資料をどのように選択しているのかはすでに見たが,参加者が情報源としてそれらの資料を効果的に活用できるようにするためには,どのような点でそれらの資料が活用できるのかということが参加者にわかりやすく提示されている必要がある。いわば,資料を効果的に活用するためのナビゲーションである。そのための仕掛けとして司書が用意していたのが,情報源へのナビゲーションとしてのブックリストである33)。本章では,司書によるナビゲーションの方法を,ブックリストを作成・準備する実践の分析を通じて明らかにする。

A. 展示資料の内容を紹介する

ブックリストは,ブックリストのタイトルのほか,書影,書名,著者・編者,出版社,出版年,価格,ISBN,資料の内容紹介,患者図書室の利用案内などで構成されている両面刷りカラーの一枚の印刷物である。入手した実際のブックリストをもとに作成したものを第1図第2図に示す。

Library and Information Science 87: 25-46 (2022)

第1図 配布用のブックリスト2(表面)

2実際のブックリストをもとに,著者が図として作成した。

Library and Information Science 87: 25-46 (2022)

第2図 配布用のブックリスト(裏面)

司書は,参加者に対する情報源へのナビゲーションを,展示資料の内容を紹介することによって行っていた。司書は,展示資料を選択する際,「一般的」,「個別的」,「専門的」という3つのタイプの資料を取り揃えることをめざしていたことはすでに記述したが,ブックリストで資料の内容を紹介することは,参加者にそれぞれの資料がどのタイプの資料であり,どのような点でそれらの資料が活用できるのかを提示する機会になっていた。そこで,次に,それがどのようにしてナビゲーションとなっているのかを記述を通して明らかにする。

まず,ブックリストの表面(第1図)の1番目と2番目,裏面(第2図)の1番目の資料が「一般的」なタイプの資料である。表面の1番目の資料,『肝臓病:ウイルス性肝炎・肝臓がん・肝脂肪・肝硬変』の紹介文では,“症状,検査,診断,手術や薬物療法など”と具体例を挙げながら,それらが“肝臓病全般”に関する情報であることを述べている。また,この資料がそうした種類の情報を“簡潔に”扱っていることを述べた上で,次の文では,ふたたび“食事療法や運動療法など”と具体例を挙げながら,“日常生活の過ごし方や予防法”に関する情報が記載されている点も,この資料の特徴になっていることを紹介している。司書はこれにより,この資料が「肝臓病」全体についての基礎的な情報を平易に得られる資料であることを参加者に理解できるようにしていた。

その一方で,表面の2番目の資料,『肝炎・肝硬変・肝がん』の紹介文では,“肝臓病の種類ごと”と述べることで,この資料が病気についての情報をどのようにまとめているのかを示している。また,“症状や治療法から,肝臓をいたわる生活習慣や食事・運動療法まで”と続けて述べることにより,この資料がどの範囲までの情報をカバーしているのかを説明している。そして,この資料における情報の記載の仕方として,“豊富なイラストや図解”が用いられていることで内容が“わかりやすく”なっていることや巻末に“Q&A”が掲載されていることなどがこの資料の特徴になっていることを紹介している。司書はこれにより,この資料が一冊目の資料と同じように,「肝臓病」全体についての基礎的な情報を平易に得られる資料であることに加え,こちらは病気の種類ごとに情報が整理されていて必要な情報にアクセスしやすいこと,イラストや図解があることで視覚的に情報を得たい場合に適していること,疑問を持っている事柄がある場合には巻末のQ&Aを活用して素早く情報を得ることができる資料であることなどを参加者に理解できるようにしていた。

裏面の1番目の資料,『C型肝炎・B型肝炎・脂肪肝・肝硬変・肝がん』の紹介文では,“抗ウイルス薬によるC型肝炎治療をはじめ,C型肝炎,B型肝炎,脂肪肝,肝硬変,肝臓がんの特徴や治療法”と記載事項を具体的に述べることで,この資料が“抗ウイルス薬によるC型肝炎治療”について主に扱っている一方で,その他の肝臓に関する病気の特徴や治療法の情報もカバーしていることを説明している。また,“大きい字”で書かれていることから,読む際に“わかりやすく”なっていることもこの資料の特徴になっていることを紹介している。司書はこれにより,この資料が「肝臓病」全体についての基礎的な情報を比較的平易に得られる資料であることを示しながら,1冊目,2冊目とは異なり,この資料では“C型肝炎治療”の解説に大きな比重が置かれているため,そうした病気や治療に関心のある利用者にとってより適した資料であることを参加者に理解できるようにしていた。

次に,表面(第1図)の3番目と4番目の資料が「個別的」な資料である。表面の3番目の資料,『おかずレパートリー肝脂肪・非アルコール性脂肪肝炎・アルコール性肝炎』の紹介文では,“エネルギー,脂質,塩分を控えながら,野菜たっぷりでボリュームのある脂肪肝にやさしいおかずレシピ”を掲載していると述べることで,この資料が「肝臓病」の原因となる「脂肪肝」を避けるための食事に特化した情報を扱った資料であることを説明している。また,そうしたレシピが“カラー写真で豊富に”掲載されていることから,掲載情報が多く,完成した実際の料理や調理工程が視覚的にわかるようになっていることを紹介している。さらに,巻末には“メニューごとの成分値も一覧で”掲載されていることもこの資料の特徴になっていることを紹介している。司書はこれにより,この資料が,「肝臓病」に関する食事を集中的に取り扱った資料であることを示しながら,レシピやその成分値を参考に,利用者が自分たちで健康のマネジメントを行う際の情報源として活用できる資料であることを参加者に理解できるようにしていた。

その一方で,表面の4番目の資料,『脂肪肝・NASH・アルコール性肝炎の安心ごはん』の紹介文では,“バランスよく適量を食べるためのポイントや,外食や中食の上手な利用法など”と具体例を挙げながら,それが“脂肪肝の方が心がけたい食事”を取り扱った資料であることを説明している。また,その際の情報の記載の仕方として,“カラー写真と豊富な図解”が用いられていることで内容が“わかりやすく”なっていることに加え,「脂肪肝」を改善するための“3週間分の献立とレシピ”の掲載もなされていることを特徴として紹介している。司書はこれにより,この資料が3番目の資料と同じように,「肝臓病」に関する食事を主に取り扱った資料であることを示しながら,異なる点として,“外食や中食の上手な利用法”や“3週間分の献立やレシピ”の紹介がなされているため,必ずしも食事の管理に慣れていなかったり,難しかったりする利用者が自分たちで健康のマネジメントを行う際の情報源として活用できる資料であることを参加者に理解できるようにしていた。

最後に,第2図に示した2番目の資料が「専門的」な資料である。『NAFLD/NASH診療ガイドライン』の紹介文では,2種類の疾患を扱うという点で特定的な内容で,なおかつ「診療ガイドライン」ということで基本的には医療者向けであることを示している。司書はこれにより,展示されている他の資料が信頼性あるものであることを示唆するとともに,発展的な内容が記載されているため,より高度な内容に関心のある利用者に適した資料であることを参加者に理解できるようにしていた。

以上のように,司書は資料の内容を紹介することで,それぞれの資料がどのタイプの資料であり,どのような点でそれらの資料が活用できるのかを参加者にナビゲーションしていた。これまでのエスノメソドロジー的研究の知見によれば,ドキュメントやテクストは,多くの場合,読み手を想定した形で作成されているということができる32), 34)–36)。そうした知見に照らすと,このブックリスト中の展示資料の紹介文は,展示を見る参加者に向けて書かれており,参加者はそれを読むことでそれぞれの資料の特徴を理解することができるものとして作成されていることがわかる。つまり,司書はこれにより,参加者が視点やスタイルの異なる複数の資料を組み合わせて読むことで病気を多角的に理解したり,病気や治療法などが個々に異なる参加者がそれぞれの実情や用途に合わせて情報を選択したりすることができるようにしていた。その意味で,展示資料の内容を紹介することは,司書が参加者に情報源へのナビゲーションをするための一つの方法になっていることがわかる。

B. 展示資料をリストに配置する

しかし,司書がブックリストを用意することで参加者に情報源へのナビゲーションをする方法はそれだけではない。それに加えて,司書は,①参加者にとって必要と想定される資料タイプの優先度,②参加者にとっての資料タイプの相対的な難易度という2つの観点から資料をタイプ別に,可能な限りまとめてリストに配置することによって,参加者が展示資料にアクセスするための手ほどきを提供していた。

まず,司書は,①参加者にとって必要と想定される資料タイプの優先度という観点から資料をリストの上から下へ,そして表面から裏面へという順番で,できるだけタイプ別にまとめて配置していた。第1図第2図に示した「肝臓がん」のブックリストでは,資料が「一般的」,「個別的」,「専門的」という順番で概ね配置されていることがわかる。講座の主な参加者としては,肝臓がん予備軍の人,肝臓がん患者,肝臓がん患者の家族などが想定されており,病気について必ずしも明るくない可能性がある。また,生活の中で限られた時間しか資料にアクセスする機会がないかもしれない。

通常,ある病気についてまだ情報を持っていない段階であれば,利用者は,まずは基礎的な情報を扱った資料を読もうとするであろう。そして,ある程度の情報を得た後,利用者の必要や関心に応じて食事などの特定のトピックを掘り下げた資料やさらに深い情報を扱った資料へと読み進めることが参加者にとっては望ましいと想定される。たとえば,この事例では,まずは「一般的」な資料である『肝臓病:ウイルス性肝炎・肝臓がん・肝脂肪・肝硬変』などで病気の概要を掴み,その後に「個別的」な資料である『おかずレパートリー脂肪肝・非アルコール性脂肪肝炎・アルコール性肝炎』やより特定的な内容で,なおかつ「専門的」な資料である『NAFLD/NASH診療ガイドライン』を読むという具合である。したがって,司書はこれにより,展示されている資料をどのような順番で参照すれば,最も効率よく病気についての一通りの情報を得て,理解ができるようになるのかを参加者に提示していた。

さらに,司書は,②参加者にとっての資料タイプの相対的な難易度という観点からも資料を配置していた。配置の仕方は,優先度の観点と同じくリストの上から下へ,表面から裏面へという順番になっていた。この観点では,資料が「一般的」から「専門的」という順番で配置されていることがわかる(第1図第2図を参照)。先述の通り,参加者は病気について必ずしも明るくなく,資料にアクセスする機会も限られているかもしれない。

通常,ある病気についてまだ情報を持っていない段階であれば,利用者は,まずは基礎的な情報を平易に扱った資料を読もうとするであろう。そして,ある程度の情報を得た後,それを足掛かりにより難易度の高い情報を扱った資料へと読み進めることが参加者にとっては望ましいと想定される。たとえば,この事例では,まずは「一般的」な資料である『肝臓病:ウイルス性肝炎・肝臓がん・肝脂肪・肝硬変』などの資料で病気の概要を掴み,その後に必要に応じて「専門的」な資料である『NAFLD/NASH診療ガイドライン』を読むという具合である。「一般的」なタイプと「個別的」なタイプについては,その間に難易度上の関係は見られなかったが,そうした観点を司書が採用していることがわかるさらなる実例がある。このリストには,本来であれば,優先度の観点に照らしてリストの上かつ表面に配置されているべき「一般的」なタイプの資料,『C型肝炎・B型肝炎・脂肪肝・肝硬変・肝がん』が裏面に配置されていることがわかる。司書は,この資料を情報の記載の仕方や内容などの全体的な特徴から最終的に「一般的」なタイプと判断していたが,一方で,“C型肝炎治療”の解説に大きな比重が置かれていることから,同じタイプの他の資料に比べるとやや専門性の度合いが高いという判断も同時に行っていた。つまり,この資料は参加者にとって基礎的な情報を得るために有用ではあるものの,他の資料に比べるとやや専門性の度合いが高い資料として,こうした配置が適当であると判断されていた。したがって,難易度の観点も,優先度の観点と同じく,展示されている資料をどのような順番で参照すれば,最も効率よく病気についての一通りの情報を得て,理解ができるようになるのかを参加者に提示する際のポイントになっていることがわかる。

なお,これらの観点を司書が採用していることは,他の事例からもわかる。本稿では実際のブックリストを示すことはしないが,たとえば,「糖尿病」がテーマとなる講座の場合,参加者は糖尿病患者やその家族が中心で,糖尿病が慢性疾患であることなどの基礎情報はすでに理解しているため,そうした情報よりはむしろ,食事や運動といった自己マネジメントの側面に強い関心を持つ人が多いだろうということが想定されていた。したがって,情報提供を行う際には,病気の基礎的な情報を記載した「一般的」なタイプの資料よりも,食事や運動療法などの情報に特化した「個別的」なタイプの資料の方が参加者にとって優先度が高くなる。実際に,糖尿病のブックリストでは,優先度の観点に照らしてそのような順番で資料が配置されていた(難易度の観点についても,「肝臓がん」の事例と同様であった)。

以上のように,司書は,①参加者にとって必要と想定される資料タイプの優先度,②参加者にとっての資料タイプの相対的な難易度という2つの観点から展示資料をタイプ別に,可能な限りまとめてリストに配置することによって,参加者が資料にアクセスするためのナビゲーションをしていた。これまでのエスノメソドロジー的研究の知見によれば,ドキュメントやテクストは,多くの場合,上から下へ,表面から裏面へというように,一定の仕方で読むことが規範的に期待されているということができる32), 34)–36)。本節で見たブックリストにおける資料の配置は,それぞれ観点の違いはあるものの,どちらも日常的な知識としてそのような規範を利用した形でなされている。すなわち,優先度の観点については,読み手がそのようにブックリストを読むことを想定して,それに重ね合わせる形で,司書が参加者にとって優先度が高いと判断したタイプから順に資料が配置されていた。他方で,難易度の観点については,やはりそうした規範に則ったリストの読み方を想定し,それに重ね合わせる形で,相対的に難易度の低いタイプのものから高いものへという順に資料が配置されていた。その意味で,展示資料をリストに配置することは,司書が参加者に情報源へのナビゲーションをするためのもう一つの方法になっていることがわかる。

しかし,ここで注意すべきは,あくまでも司書はナビゲーションによってそうした資料の参照の仕方を一つの提案として推奨しているだけであって,強制しているわけではないということである。司書は,むしろ,ナビゲーションの一つ目の方法として,展示資料の内容を紹介することにより,参加者が資料を組み合わせて読むことで病気を多角的に理解したり,病気や治療法などが個々に異なる参加者がそれぞれの実情や用途に合わせて情報を選択したりすることができるようにしていた。他方で,展示資料をリストに配置することによって,病気について必ずしも明るくなく,資料にアクセスする機会も限られているかもしれない参加者が資料に効率よくアクセスするための手ほどきを提供していた。すなわち,司書は,情報源への案内をこうした2つの方法によって行うことで,展示資料に触れると想定されるあらゆる参加者に対して資料を効果的に活用できるようにするためのナビゲーションをしていた。

C. 「ブックリスト」として利用可能にする

前の2つの節では,司書がブックリストを用意することにより,参加者が展示資料を効果的に活用できるようにするための情報源へのナビゲーションをしていることを明らかにした。だが,ブックリストは,参加者にとっては,展示の場面を離れても情報源への手がかりとして利用可能なものになっていることが望ましい(このブックリストは,講座終了後には図書室でも配布されていた)。

第1図第2図を示した際に触れたように,このブックリストは,ブックリストのタイトルのほか,書影,書名,著者・編者,出版社,出版年,価格,ISBN,資料の内容紹介,患者図書室の利用案内などで構成されている。これらの情報が記載されていることは,参加者にとっては,自分で情報源にアクセスしたり,入手したりする際の重要な手がかりになる。

また,ブックリストは,両面刷りの一枚の印刷物として参加者に配布されていたが,持ち運びが容易で一覧性も確保されている。ドキュメントは,使用者にとっての持ち運びの利便性や即座の利用可能性が鍵となり,さまざまな組織や場面で用いられている32)。その意味で,このブックリストは参加者への情報サービスにおいて,重要なツールとなっていた。

以上のように,配布されていたブックリストは,展示場面という文脈に埋め込まれた情報源へのナビゲーションのほかに,展示場面から離れた文脈においても参加者が自分で情報源にアクセスする際の手がかりとして利用できるように作成されていた。

VII. 考察

本稿では,病院の市民公開講座での資料展示が,展示資料を選択する,資料を紹介するブックリストを作成・準備する,資料を会場で展示するという一連の実践によってなされていたことから,展示を組織化するための司書の実践をエスノメソドロジーによる「実践的構成物としての情報サービス」という考え方を踏まえて分析してきた。本章では,これまでの分析結果から本稿にどのような成果と意義が認められるのかを考察する。

本稿の成果と意義は,第一に,サービスの提供者が情報サービスとしていた展示を対象に,それがいかにして組織化されているのかを,実際にサービスを組み立てる方法を記述することによって再現し,具体的に明らかにすることができたことである。これは,サービスを抽象的な理論によってではなく,あくまでも状況に埋め込まれた実践の水準において捉えるという研究方針を貫徹した結果である。本稿では,調査対象とした患者図書室が展示を組織化する実践としての展示資料の選択やブックリストの作成・準備に焦点をあてた分析を提示した。これは,池谷28)が指摘した,サービスを実現するための方法としての知識のキュレーションや利用者のナビゲーションの一つの実現方法であるといえる。つまり,分析的記述によって示したように,この患者図書室が展示に向けて展示資料を選択することは,市民に健康医療情報を提供し,利用者の要求に応えることができるようサービスを構成するための方法になっていた。また,利用者向けに情報源へのナビゲーションとなる仕掛けとしてブックリストを作成・準備することは,利用者がサービスを効果的に活用できるようサービスを組み立てるための方法になっていた。分析で記述した上記の実践は,いずれもこの患者図書室が健康医療情報サービスを組織化するための重要な方法であったのである。このように,本稿は,司書にとっては自明視され,明示的に言語化されることがないにもかかわらず,問題なく行われている「常識的」なサービスの実践を想起するための「リマインダー」となる分析的記述を提示できたと考えることができる。その点で,本稿は,これまでに明らかにされてこなかった患者図書室における情報サービスの実践について,その組織化の方法を明らかにすることができた。したがって,本稿は,事例報告・解説やその他の従来の先行研究による患者図書室の情報サービスについての研究とは一線を画する,エスノメソドロジー的な情報サービス研究という新たな方向性による独自の知見を提出しているものと考えられる。

第二に,本稿では,サービスの提供者が,サービスを自分たちの組織における現時点での一つの解決策として提供しようとしていたことも,展示という情報サービスに即して明らかにすることができた。市民公開講座での資料展示は,地域包括ケアの体制構築が課題となる状況において,この患者図書室が人々を情報や知識とつなぐことで支援するという目的を果たすための現時点での一つの解決策になっていたのである。この患者図書室がそうした志向性を持っていることは,記述によって詳細に描き出したように,市民公開講座という場でサービスを提供しようとしていたこと自体はもちろんのこと,展示資料の選択やブックリストの作成・準備などの展示を組織化するための司書の実践にも見てとることができるだろう。つまり,展示は,これまでこの患者図書室が活動の中心としてきた病院内の図書室に止まらず,広く市民に情報を提供することによって人々を支援するための契機として,この患者図書室自身が重視している情報サービスなのである。その点で,本稿は,状況に埋め込まれた実践の水準でのサービスの分析的な記述に専念することによって,この患者図書室のサービスの前提となる実際の論理を明らかにするとともに,これまで十分に取り上げられてこなかった展示という情報サービスを研究する意義の一端についても示すことができたと考えられる。

以上が,本稿の主要な成果と意義である。本稿は,市民への健康医療情報提供の重要性がこれまで以上に増している現在,患者図書室のサービスに関する研究蓄積が乏しい現状を踏まえれば,学術的な議論を前進させるための一定の貢献を行なうものと考えられる。また,実際の事例に即してサービスをつぶさに理解することができたことにより,本稿の分析が,サービスの提供者が振り返って実践を改善したり,他の館種でのサービスの展開の参考にしたりするための一つの材料となる可能性もあると思われる。さらに,この患者図書室の司書にとっては自明視された形で「常識的」なものとなっているサービスの組織化とその方法についての本稿による分析的記述は,そうした「常識」を必ずしも持たない人々(たとえば,まずは,この患者図書室にとって身近であると思われる大学病院の医療従事者や運営者が想定される)に提示されることによって,この患者図書室の取り組みを理解するための一つのきっかけや契機となることも考えられる。こうした点で,情報サービスをエスノメソドロジーの方針にしたがって研究することの有効性が明らかになったといえる。今後は,こうした方針によりながら,本稿では扱っていない他の図書室や館種も含めたさまざまな情報サービスを取り上げた調査研究を行うことで,具体的なレベルで学術的,実践的に意義のある知見を積み重ねていくことが必要だろう。

謝辞Acknowledgments

本稿の執筆にあたり温かくご指導くださいました慶應義塾大学の池谷のぞみ先生に心より深く感謝いたします。また,本稿のもとになる調査研究の実施をご快諾くださるとともに,長期にわたって多大なるご支援・ご協力を賜りました大学病院の関係者の皆様ならびに「からだのとしょしつ」の皆様には記して深く感謝申し上げます。最後に,本稿の査読をご担当いただき,貴重なコメントやご助言をくださいました査読者の皆様,編集委員会の皆様に厚く御礼を申し上げます。

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